必然と偶然

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宇宙という言葉は2千年前に中国の人が作りだした言葉で宇は空間を
宙は時間を意味します。更にこの世の成り立ちを説明されています。
森羅万象すべては相反する関係があってこの世に誕生する事ができる
又どのような物事もすべて陰陽対立の矛盾性があり一切の物がそうした
矛盾の中で発展し変化すると考えられています。
1922年にノーベル物理学賞を受賞したニールス・ボーアは陰陽の法則
との類似性に気がつくことで量子論を確立されました。


それまでこの世のすべてには常に明確な理由があり現象はすべて数式
で証明できると信じられていました。
未来は確率に左右され確実な状態というのは誰にも今の時点では不明
ですが量子論を応用する事で生まれたのがLSIなど集積回路なのです。
私たちの今の文明は確実な未来を考えない量子論により生まれたのです。
問題解決できない場合、相反する状態を考える事で答えを得られる場合
があります。この世のすべては裏表の関係で成立しています。

男/女、プラス/マイナス、黒/白、右/左、物質/反物質...とにかく
この世のすべては常に相反する存在とペアーで生まれてきました。
必然と偶然も例外ではありません。必然という言葉には使命感すら
感じるので多くの方に支持されますが偶然という言葉は適当とか
無意味というイメージしか沸かないため敬遠されがちです。
私もずっとそうでした何事も意味あって存在し、意味あって物事は
発生していると信じていたのです。
ですが肉親や大切な友人の死という悲しい出来事に遭遇してその
意味、つまり必然を考えた時にどうしても必然はないのです。
人の善悪の行いなど関係なく私から言わせたらすべては偶然です。

宇宙が無から生まれたのも偶然、その宇宙で生命がどこで発生
するかも偶然、逆にいつそれが消滅するかも偶然という事でしょう。
ですが偶然から生まれた物同士が関係する事でそこで因果関係が
初めて生まれて必然という結果がもたらされると感じています。
そもそも物事にはなぜ意味がないといけないのですか?
死後世界には地獄があり善行をした者が天国に行けるとか人が納得
できさえしたら何でも正しいと言えるのですか?
意味とは人が納得できる理由があるかというだけの人の傲慢です。
偶然...なんだか無意味で...人の想いなんて関係ありません。

人が意味を感じれなくても物事は生まれ死んで又生まれるのです。
生まれ変わりとよく言われますがこれは遺伝子の成せる技です。
自分の子孫を残せたならば遠い将来の子孫に自分の何か一部が
覚醒して現れるこれが生まれ変わりです。
何も死後の世界、輪廻転生なんて難しい創造をする必要もないです。
運が良ければ10先の子孫に貴方の気質や才能が出るかもしれません
その時こそ貴方は生まれ変われたのです。

宇宙が無からビックバンで生まれたのは今や疑い様のない真実です
ではその前には何があったのか?
どんな人も誕生に偶然はない、そうならその意味は何なのか?
どちらも人間にとって大きな関心事で常に討議されていますが結局
この二つの問いかけに明確に答えを示せる人は誰一人いません。
なぜなら偶然ですから答えなんてないからです。
存在すべては意味もなく偶然で生まれたに過ぎませんがあえて人生
に関しては自己努力で意味(必然)を唯一作り出す事ができます。
デカルトの提唱した"我思う、故に我在り"は私の好きな言葉です。

太陽系から一番近い惑星プロキシマケンタウリbまで光の速度で
4年かかり最近その星に生命がいるかもしれないという観測成果が
NASAより発表されました。
でも光の速度で1年の距離は9兆5千億Kmでこれは人間が今出せる
最速の移動機でも約2万年もかかるそうです。
仮に光速で移動可能な乗り物があっても人間の体がもたないわけで
夜空に目にする天体ショーは永久に行く事が許されないファンタジー

こんな物が偶然に生まれた事こそが驚きで★偶然という現象があった
からこそすべて生まれる事ができたのです★
理由いえ言葉を変えたら必然が常に必要とするならこの宇宙も私たち
も今この場所に生まれてはいません。
頭で意味を考えるのでなくて起きてる現実を無の境地で感じるそれは
まさにあの禅の世界に近いのです。
存在は人にとっては意味がない、必然の思想の根底にあるのは人が
いるからこの世は存在するという危険な思想かと思います。
私たちの多くの現実意識は大昔、宇宙が地球の中心を回っているとした
人達と大差ないという事です。

人がいるからこの世は存在するという思想に私も少し傾いていました。
でもこの思想の説明をよく聞くとあの量子論の特殊な現象を拡大解釈
しているのです。
私たちの日常で発生する運動現象はすべてニュートン力学で説明でき
ますが素粒子なる世界ではありえない動きをするのです。
その中で特に奇妙な現象が観測者がいるかいないかで結果が異なる
という理解に苦しむ現実です。
ですが素粒子の世界では事実でその理由は今もわからないのです。
ただそれを私たちの世界にまで拡大解釈して人が介在してるかどうか
で現実的な日常現象まで関係あるというのはおかしいと思います。
素粒子世界はそんな不思議があるとしてもそれ以外は単に偶然でしょう
存在理由も発生理由もないのが世の中だと私は思っています。

ある天才宇宙物理学者がYouTubeで"宇宙の元は神様に作って頂く
しないと言われていました"が一旦偶然で生まれた後はあらゆる必然
が生まれるのでそこに物理的法則は見出せるのです。
ですが始まりにある必然の元となる偶然にまで至れば何もわからない
こんな事ができるのは全知全能の神しかいなという気持になる様ですね。
人間がそこに介在できる余地なんてあるはずありません!意味はない。
ただ普段の日常のすべては因果関係の塊、必然ばかりですから何も
努力しないと何も得られない、だから努力して頑張るしかありません。