Who am I? (私という存在への疑問)


数学以外では心理学もSubで専攻科目にしていた関係で釈迦という存在
に大学時代とても興味を持ちました。

この方は実在の人、国王の息子で妻子までいた普通の人。
ある日、自分の生きてる意味を知りたくて身分や妻子もすべて捨てて荒野
に修行の旅に出向かれました。
常識的に家族を捨てる行為が肯定可されるわけもなく道徳的には身勝手
な行動でした。(後に妻子まで釈迦の弟子として出家されたそうです)

最初はそれまで同じインドにいた修行家と同じに荒行により修練されて
いたそうです。でもいくら修行しても答えを得る事ができませんでした。
あくまで伝説ですがある日、菩提樹の木の下で一人瞑想をしてる時に
近くの川を通行する船の上で演奏される楽器の音色を聞いて、良い音は
弦を緩めても張り過ぎてもできない
事に気がつき悟りも同質であると考え
られました。

それから怠慢でもない肉体にただ苦痛を与える修練でもない中道という実践
方法でゆっくりと物事の関係を考える事で究極の悟りの境地に到達された
そうです。それからその教えを人々に解き多くの信者が生まれました。
仏教研究者によれば釈迦が最後に到達したのは無の境地。

無とは何もない無力な世界なのでしょうか?
実は宇宙を研究した現代の知恵は宇宙は無から始まったと定義しているんです。
もちろんそれは難解な計算の上でその答えに至ったわけでプロセスはまった
く異なります。
無とは何もないのではなくあらゆるエネルギーが満ちた状態で最初から有の
状態で存在してる物なんてない。
過去と現代が同じ答えを導いてる点で私は凄く関心を持ちました。

釈迦はインド人なのに日本で釈迦の言葉と言われるお経(般若心経)がなぜ
漢字なのか
昔から疑問がありました。
実は中国から三蔵法師が徒歩でインドまで行き勉強され持ち帰った教えだか
ら漢字なのです。
その方がインドに行った時すでに釈迦は亡くなり時は経過していて直接本人
から学んだ物ではありません。
その三蔵法師の偉業を称えて作られたのがあの西遊記という物語で凄
く面白い展開に驚きました。

釈迦は書物の記録によれば食中毒みたいな病気で体調を崩されそれが元で
80才位で亡くなったそうです。そう超人とかではない素晴らしい思想を残した人
なんです。
その後いろんな方の解釈により流派が発生して今に伝わるのが日本の仏教
だと思います。
下は有名な般若心経の中身で写経される方がいますが意味は何だと思いますか?
死んだ後の世界を語ってるわけではないんです。
意味もわからず写経しても単なる漢字の書取りでしょう?
私的にはそれはまったく意味のない行為です。



最初の冒頭プロローグの意味は、観自在菩薩とは悟りに至る前の釈迦の事です。
般若波羅蜜多というのが悟りを示す。
その悟りについて深く瞑想をした結果、五薀という人を構成する5個の要素が実態
のない空である事を発見して一切の苦しみから人々を救済したという意味。
五薀とは色蘊(肉体)、受蘊(感受)、想蘊(表象)、行蘊(意志)識蘊(認識)で人
の肉体と精神の事です。

続く文字に舎利子とありますがこの方は釈迦の弟子中で一番の知恵者でこの
般若心経は師が弟子に語りかける文章構成になっているんです。
ここではこの世にある型ある物を色という言葉で表しそれは空であると定義されて
います。色不異空空不異色 色即是空空即是色がそれを示す部分。
AだからBゆえにBはAでもあるという文章表現が使われています。
どんな存在もいずれか枯れて散る。でもそれを否定する事は万物の存在その物を
否定する行為と私は感じました。

この般若心経の言葉はこの世のあり方と人の生き方が書かれていて
一切死後の世界などはありません。
死んだ後に天国に行けるから善行をしなさい。とかそんな事もここには書いてない。
又この中のにある不生不滅と書かれた部分、生きる事も滅びるもない境地とはどんな
物か私には想像すらできません。
ですがそうなら生まれたり死んだりの再現である輪廻転生なんて完全に相反
する状態であり釈迦の思想とは異なる物ではないですか!
輪廻転生なる物は後の人達と仏教芸術が生み出した空想世界だと思います。
だってあまりに安ぽい考えで人間が後から付け加えたとしか思えません。

★人として生きた彼の生涯⇒釈迦動画

仏教芸術の色彩感覚は見る方を圧倒しART的には私の好みです。
こんな青の使い方、独特な創造性は確実に今にも負けないすばらしい芸術です。
だから民衆に広め理解させるには相当な効果がありました。
又大昔の貧しい人達は読書きができない人が多くてその点でも輪廻転生の嘘は
指摘される事はありませんでした。

私達が死に対して感じる恐怖はあくまで今生きてる意識が消えてしまう事に対して
で生まれ変わりの過去の記憶がない事実から死んだら今のすべては消えるのでしょう。
そうなれば★その後にそれがあろうがなかろうが★私は意味を感じませんし、それより
今生かされてるという事だけがすでに救われてる事だと私は思っています。

最後まで般若心経を現代訳すれば.............
この世の中のあらゆる存在や現象には、実体がない、
生じたという事もなく、滅したという事もありません。
綺麗も汚いもなく、増える事も減る事もない。
かくて心には何のさまたげもなく、さまたげがないから
恐れがなく、あらゆる誤った考え方から遠く離れている
ので永遠に静かな境地に安住しているのです。
ついには老と死もなくその区別も必要なくなります。  

過去・現在・未来にわたり正しく目覚めた者はこの上なき
悟りを得るのです。
したがって次のように知りなさい。

知恵の完成こそが偉大な真言である事を。
これこそが、あらゆる苦しみを除く真実そのものであって
虚妄ではないのです。

往き往きて、彼岸に往き、完全に彼岸に到達した者こそ
悟りそのものです。


彼岸とは悟りを得た人が行く世界の事です。
あくまで私の意見に過ぎませんがただ一文字”空”という言葉をお釈迦様は私達に
伝えたかったのではと思いました。

この空という概念がすべての文字の背景に隠れてる気がしてなりません。
つまりこれこそが無の境地ではないでしょうか?

死後も魂なる物があるという永遠なる自分なんて傲慢を人のすべてが空であると
説いた釈迦が語るわけない。(般若心経中の五薀皆空の部分)
ただ生かされてる自分に感謝して日々を迷う事なく★生き抜いた後は潔良く散る
のがこの地球に生まれたすべての生き物の定めです★

貴方は生きるために食事をする、それは他の生き物に死んで頂いて生を得てる事
が生かされてるという意味。それ以上の永遠なんて必要ないと思いませんか?
そう★この地球に生まれた生命すべては最後同じ様に潔良く散ればいいんです★


釈迦は臨終の時に弟子に"法を灯火として生きなさい"と
いう遺言を残されたそうです。
つまり自分(釈迦)の教えを守り正しい悟りの道を究める。
仏教は絶対的な神なる存在がいてただこの通りにすれば
死後天国に行けるじゃなく個々が自分の中にいる真実
に努力して目覚めて一番楽で自由な存在になる!
ただそれをお釈迦様は伝えたかったんだと思います。

最後に釈迦も一瞬に感じた死の瞬間、彼と同じ体験を
誰もが最後にできるのだから光栄で怖くない気もします。
それには心穏やかで感謝の気持でいないとね。
★死とは釈迦と同じ体験をする事です。★
ただ彼は不生不滅の域まで何かを悟っていたので死への
恐怖なんて微塵もなかったでしょうね。


何をしても満足する事のない心の不安
とりあえずは正座でもして禅でもしてみましょう
すべての欲やしがらみは忘れ内なる自分とただただ無言
で向き合う...きっと釈迦もそうしたと思います。
そこから先のナビゲーターは自分です。
何かを悟ろうとか余計な事も考えないでただ内なる自分
を意識してみる...きっとそこが出発点です。

少なく共その時の貴方はすべてのしがらみから開放され
自由な心でいれるはず!
目を閉じて感じる音、匂い、皮膚の温もりなど自分の内
なる声を意識した事ありますか?
生きてるって凄い、生きてるって有り難いと思えただけ
でも私は自然に涙が出てきます。
初まりがあれば終わりがある。その運命を拒むなんて卑怯
だし感謝の気持ちで潔く散れてこそ格好良い生き方です。

どんなに死後世界を他人の解釈で勉強してわかったつもりでいて
もまさに自分が臨終の瞬間信じれる物は自分が感じれる世界
だけで頭の中の知識なんてすでに消えている事でしょう。
認識できない死後世界なんて生きてる段階では無用だと思います。
仮にあっても今の自分の意識は消えるのですからどうでもいい。
今の自分では認識できない違う来世の誰のために現世の生き方を
変えるなんて心の寛大さは私にはないです。

だって私はあくまで丸山家に生を受けた丸山京子という人間なのです。
もし無であった場合は"死んで浮かばれない"とはこういう事でしょう?

たとえば天国と地獄のシステムでもいかにも人が考えた安ぽい世界
に思えて、宇宙が物質と半物質で最初生まれた様にすべての万物
現象が陰陽なる両性質を単独で持ってるのだから絶対なる正義とか
絶対なる悪の世界なんて1点の性質しなかい存在なんてないはず!
悪い人は地獄に落ちないといけないという人の願いがあるだけです。

死後世界に何かがあるわけではなくて今生きてる私達すべては
集合的無意識という見えない世界でつながっている。
そういう今の現実にある秩序を学び、今感じれる世界を幸せで
意義のある物にするのがすべき事だと思いませんか?
★生に満ちたこの私達の世界にこそ見えないけどそういう秩序
が確実に存在しています。それは感じる事ができるのです★
後半になりますが神と言われる存在は私達と同じ世界にいる
と私は思っています。死後の世界ではありません!

どうすれば今の夢や願いが実現できるのか?

私の結論を先に言えば
1.目的達成のための具体的行動をしプロセスは成功させる
2.他人の悪口を言わない、他人の幸せを願う
3.上2個ができてるなら理屈ではなく感性で行動


この3個を達成するだけで100%貴方の願いは叶うの。
でもなぜそうなのか大人の人は理解しないときっと心が
連動しないでしょうね。
願いを叶えるための運気を上げる方法にもなると思う!
昔から願い事を星にとか、叶うという文字は口に十だから
十回願い事を毎晩言う。なんて聞いた事あるでしょう?
モチベーションを上げるという点では間違いではないの。
でも実際そうしてきて、貴方の願いは実現しましたか?

私の経験からするとしませんでした。
願えばいつか叶う!このフレーズはよく本の中で使われます。
なぜか?誰でも努力なしでできて、受入れる事が可能だから!
実は願うだけでは叶わない事は、すでにわかっています。
それには私の心と貴方の心、更に万物のつながりを理解する
必要があります。
何だかオカルトでは?と思われたかもしれませんがここからは
あの有名な精神学者のフロイト、ユングの世界です。

カール・グスタフ・ユングは、スイスの
精神科医で深層心理について研究し
人格の秘密の領域を解明した。
1875年7月26日 - 1961年6月6日

晩年、ノーベル物理学賞を受賞した
ウォルフガング・パウリとともに
共時性(シンクロニシティー=意味
ある偶然の一致)に関する共著を
発表した。

この方がシンクロニシティーを
解明した人
だけ今は記憶に残して
ください。
記事後半でつながります。


彼らが探し見つけたのは、私達の心は単に覚醒してる時の意識
のみで支配されてないという事です。
たとえば貴方が昨日友人の前で、堂々と語れた事を1万人の
前でもできるか???たぶんできないと思います
緊張もあるのですが、心の奥で”俺には無理だ”という
イメージがあるからです。


この隠れたイメージを潜在意識と言います。
普段は感じれないこれは無意識の世界に存在しています。
ですがここが変わらないと今の消極的な自分も変わらない
し、それを起因とする運気も上昇する事はありません。
そう...........イラストでもわかる様に
願いや祈りとは意識の小手先の部分だけの行為です。
何かの神仏に祈りを捧げる行為も自分ではどうにもならない
諦めの裏返しをしてる時点で結果はしれてます。

1.目的達成のための具体的行動をしプロセスは成功させる

貴方が一生懸命に何かをした結果、それが成功できた
なら
潜在意識は貴方を認め、強い貴方になれていく。
失敗すればトラウマとして心に刻まれる場合もある。
潜在意識は結果しか受入れません。
ただ傷つきたくないから潜在意識は貴方のモチベーション
に最初は反発してきますから自分を超える勇気が必要です。
覚醒時の人の意識は基本ずるい性格をしてるから誰もが
自分の優柔不断に悩み物事が上手くいかないんです。

たとえば弁護士になりたければ難関な司法試験に受から
ないと願うだけでは何も始まりません。
合格する事で夢への扉が開き、いろんなきっかけに
恵まれて有能な弁護士として成功できた人。
前半の自己努力の成果にそれを生かすための幸運が連動
する現象ですがこれも願い成就の具体例です。
適切な目的達成のための具体的行動を見極めましょう。

2.他人の悪口を言わない、他人の幸せを願う

ゴルフのタイガーウッズは試合で相手がプレーする時は
常に相手の成功を願うと聞いた事があります。
凡人なら失敗すればいいのになんて?思うかもしれません。
潜在意識は主語を持ちません
つまり相手に対して悪いイメージを持てば、イメージだけが
反映されて潜在意識の質を下げます。

悪口は最悪で言葉で発して、自分の耳から入る事で二重に
潜在意識の質が落ちてしまいます。
日本では人を呪えば穴二つというのを生前亡くなった祖母から
言われた事があります。
これも人の心の性質をよく現してる言葉です

他人は自分の鏡ですから、相手の幸せを願えば必ず自分に
戻ると私は信じています。
人は互いに心の弱い存在だから、時に貴方を傷つける言葉で
返してくる事もあるけど、本音ではないと思います。
未熟な私達はいつも心にもない事で、相手を傷つけます。
逆にもっと大きな心で相手を赦せればいいですよね。

美しい言葉、思いやり、楽しい会話など潜在意識が高まる
当たり前の事をできたらと私も思います。

又他人が何をしていようが貴方に迷惑をかけてないなら
笑って認めてあげる位の度量の大きさこそ生き方のコツ
妄想的な自己正義を楯に他人を弾圧した事ないですか?
いくら何か頑張っても潜在意識の質を下げてはダメです。



3.上2個ができてるなら理屈ではなく感性で行動
★行動を成功させ潜在意識を高い次元に保つという意味です★
上の1,2が実現できる人には不思議な事が起きます。
ある日突然に何もしていないのに向うからチャンスが来ます。
これを意味のある偶然(シンクロニシティー)と言います。
精神学者のフロイト、ユングが見つけたのは、人の心を
突き詰めていくと私達は集合的無意識という世界で
つながっている
そうです。

貴方の高まった潜在意識は集合的無意識を通しまだ
見ぬ誰かと共鳴して、チャンスをくれる人と
未来で出会う事になるのです。(類は類を呼ぶ)
より高いStageの仲間入りをするには自分もそれに
見合う域に変わらないといけません。
そんな事が起きると、神がかりとか神様とか思うのかも
しれませんがそうではなく、自分がしてきた結果です。
"すべてが必然で偶然なんてない"の厳しい言葉さえ
ここでは通用するのです。
私は人と人だけでなく万物もすべてつながってると信じて
います。そう奇跡は起こせると思う!


神とは私は自分の中にいるもう一人の自分だと思います。
人の潜在意識の中にそれはいて、私や貴方が気がつくのを
私達がこの世に生を受けた時から待っています。
やっと出会えたなら、100%幸せになるための俗に言う
奇跡が連続すると思います。

幸せの青い鳥の話もすべてここにつながります。
あえて神という言葉を使うなら神はいつも貴方と一緒。
解決策と問題点は最初から自分の中に存在していたのです。

逆に物事が上手くいかない時は神なんていない
思うかもしれませんが、その考えがすでに他力本願で
神に至るプロセスを満たしていない事に気がついて
いないのです。
自分の中の神に出会うには自分からそうなるための
プロセス、成功が必要で祈りだけでは何も変わりません。
体の不自由な方を見て気の毒に思っても何も
しなければ傍観者と何ら変わらないのと同じ理屈。

それと他人の批判や中傷、そういう事を娯楽の様に
感じてる人が時々いますが、その他人に対する
イラダチは実は自分に対する物でそれから逃げてる
卑怯な心がそうさせてしまうのです。

最後に"ありのままの自分でいい"とは何もしない事
ではなく真の自分になるためのLet's TRYです。
された分だけ幸せになる!不公平なんてない。
人、神、奇跡、幸せ、これらが一直線につながったと
思いませんか?

★私は私を幸せにするただ一人の魔法使い★
貴方を幸せにできるのは世界中で貴方しかいません。
私達の中にある神を発動できたならば愛に満ちた本当
に自分が幸せを感じれる物だけを得る事がきっとできる
でしょう。

丸山京子

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